骨折直後、「生活を止めない」ために考えたこと
利き手を骨折すると、
最初に困るのは、痛みそのものではありませんでした。
生活の中の、
ほんの小さな動作が、
一つずつ止まっていく感覚。
食べる。
洗う。
片付ける。
どれも、普段は意識しない動作なのに、
片手になるだけで、急に
「考えないと進まないこと」に変わります。
当時は必死で、
とにかく今日を終わらせることで精一杯でした。
でも、片手生活を終えてから振り返ると、
「あの時、これがあったら少しラクだったかも」
と思える場面や道具が、いくつかあります。

この記事では、
骨折直後〜数日の「今すぐ困る場面」を思い出しながら、
当時は選ばなかったけれど、
今なら検討してもよかったかもしれない選択肢を整理していきます。
無理にそろえる必要はありません。
「こういう考え方もあるんだな」
そのくらいの距離感で、読んでもらえたら大丈夫です。
骨折直後に、まず困ったのは「切る」「洗う」動作だった

利き手が使えなくなって最初に困ったのは、
料理そのものよりも、
準備と後片付けでした。
包丁を持つのが怖い。
洗い物が動いてしまって、うまく洗えない。
「ちゃんと作れない」という以前に、
手を動かす工程そのものがしんどい。
特に大変だったのは、
食材を切る
食器を洗う
この二つです。
どちらも、
両手が自然に連動している動作なので、
片手になると、一気に負担が増えます。
ここでは、
そんな場面を思い出しながら、
あとから振り返って、
「今ならこう考えるかもしれない」と感じたことを
少しずつ書いていきます。
片手で「切る」ために、今ならこういう道具も考える

当時は、
切る=包丁
という発想しかありませんでした。
料理をするなら包丁、
という思い込みが強くて、
それ以外の選択肢を考える余裕はほとんどなかったように思います。
でも、片手生活を終えてから振り返ると、
包丁にこだわる必要はなかったと感じます。
実際、片手で包丁を使うのはかなり難しく、
少し無理をすると、
力の入れ方や刃の向きが不安定になります。
安定させるために、
右手をひじや腕で軽く押さえる方法は、
実際とても助けになりました。
固定できるという点では、かなり有効だったと思います。
ただ一方で、
体調や姿勢によっては、
そのやり方が使いにくい日もありました。
そんなとき、
今なら「切る=包丁」という前提から一歩離れて、
はさみを使う方法を、最初から考えたかもしれないと思います。
左手ではさみを使う。
押す・挟むだけで済む道具を選ぶ。
安全性を優先した方法として、
包丁以外の選択肢を持っておくだけでも、
気持ちはずいぶん違ったはずです。
当時は実際に使ってはいませんが、
あの不便さを思い出すと、
「切る方法」を変えるだけで、
負担はかなり減ったのではないかと感じます。
包丁を使わない、という判断も、
片手生活では十分現実的だったと思います。
実際に使ってはいませんが、
当時の困り方を思い出すと、
片手でも扱いやすい調理用のはさみや、
押す・挟むだけで済む道具があれば、
もう少し安心して作業できたかもしれません。
形やサイズ感を見るだけでも、
自分の手の動かし方に合うかどうかを
想像しやすいと思います。
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無理にそろえる必要はありません。
合いそうなら、参考にするくらいで十分だと思います。
片手で安定させる工夫については、
以前、もう少し具体的に書いた記事もあります。
無理に今読む必要はありませんが、
状況が近いと感じたら、参考になるかもしれません。
洗い物が動いてしまうなら、「固定できる」道具を考える

片手での洗い物で、
いちばんつらかったのは、
汚れそのものではありませんでした。
スポンジを当てた瞬間、
食器が動いてしまうこと。
それだけで、
作業の流れが一度止まります。
ズレた皿を持ち直す。
角度を変える。
またズレる。
この繰り返しが、
思っている以上に体力を使います。
洗い方が下手だったわけでも、
力が足りなかったわけでもなくて、
両手で支える前提の動作を、片手でやっていた
ただそれだけだったのだと思います。
だから、
洗い方を工夫するよりも、
「動かない状態を先につくる」ほうが、
ずっと大事だったように感じます。
実際には、
シンクの中で食器を押さえたり、
角に引っかけるように置いたりしながら、
どうにか洗っていました。
それでも、
少し気を抜くと動いてしまうので、
洗い物が終わるころには、
手よりも気力のほうが先に疲れていました。
食器洗い物がつらかった、という話は、
これまで書いた骨折の記事の中でも
いままでも触れてきたテーマです。👇【右手骨折その後】片手生活を乗り越えた便利グッズと毎日をラクにする知恵まとめ
よく読まれている記事なので、同じような場面で悩んだ人が、
それだけ多かったのだと思います。
今なら、
最初から「固定する」前提で考えたと思います。
たとえば、
- 滑りにくくするもの
- 食器を立てたまま支えられるもの
- 置くだけで安定する仕組み
こうした道具があれば、
洗い物の負担は、
かなり減っていたのではないかと思います。
洗う技術を身につけるより、
環境を整えてしまうこと。
片手生活では、
そのほうがずっと現実的でした。
当時は、
そこまで考える余裕はありませんでしたが、
今振り返ると、
「動かない状態」をつくる道具は、
もっと早く検討してもよかったと感じています。
家にあるもので工夫できる人も多いと思いますが、
最初から「動かない状態」を作るための道具もあります。
シンクの中で食器を支えたり、
置いたまま安定させたりするタイプなら、
手の動きそのものを減らせそうだと感じました。
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すでに代用できるものがあれば、
あえて買い足す必要はないと思います。
洗う前に、ひと手間減らせたかもしれないもの

片手生活では、
洗う作業そのものを減らすことも、
とても大切でした。
「洗い物をちゃんとやる」
その前に、
そこまで持っていくのがしんどい日がある。
実際にやっていたのは、
洗う前に、
紙タオルなどで汚れをある程度拭き取ることでした。
ソースや油をざっと拭くだけで、
洗うときの手の動きが減ります。
水に触れる時間も短くなります。
それだけで、
洗い物にかかる負担は、
思っていた以上に変わりました。
当時は、
とにかく「洗わなきゃ」という気持ちが先にあって、
拭いてから洗う、という行動は
あくまで応急的なものだと思っていました。
でも今振り返ると、
あれは立派な負担を減らす工夫だったのだと思います。
今なら、
最初から「拭く工程」を前提に考えたかもしれません。
たとえば、
- 吸水力が高いもの
- しっかり汚れを取れるもの
- 使い捨てで済むもの
こうした道具があれば、
洗う工程を一段階、
最初から減らせたのではないかと感じます。
すべてを洗おうとするより、
まずは「汚れを落とすところまで」で止める。
その判断ができるかどうかで、
その日のしんどさは、
かなり違っていました。
「洗い物をきちんとやる」より、
「今日はここまでで済ませる」。
洗う前に拭き取る、という工程を助けてくれる道具も、
選択肢としてはありだと思います。
吸水力が高くて、
そのまま捨てられるタイプなら、
「洗うところまで行かなくていい日」を
作りやすかったかもしれません。
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今日はそこまでやらなくていい、
と思えるなら、無理に使わなくても大丈夫です。
片手生活では、
その線をどこに引くかが、
思っている以上に大事だったように思います。
「今日はここまででいい」と線を引く感覚は、
食事以外の場面でも、
何度も助けられました。そのときのことは、
別の記事でも少し触れています。
無理にそろえなくていい。選ぶときの目安だけ

ここまで挙げてきた道具は、
すべてをそろえる必要はありません。
むしろ、
全部そろえようとしないことが、
片手生活では大事だったように思います。
骨折直後は、
体も気力も、思っている以上に消耗しています。
そんな中で、
「何を買うか」「どれを選ぶか」を
細かく考え続けるのは、それ自体が負担になります。
だからこそ、
選ぶときの基準を、
あらかじめ少しだけ決めておく。
それだけで、
判断はずいぶんラクになります。
たとえば、
- 片手で扱えるか
- 使うときに動かず、安定するか
- 今だけの使用か、それとも長く使うものか
このあたりを、
ひとつずつ確認するだけで十分です。
「便利そうかどうか」より、
今の自分の状態に合っているかどうか。
そこを基準にすると、
選択肢は自然と絞られていきます。
それでも迷うときは、
無理に決めなくていいと思います。
合いそうなものを、
いったん「候補」として知っておく。
必要になったら、
そのときに改めて考える。
片手生活では、
判断を先延ばしにすることも、ひとつの工夫でした。
「これが正解」という形はありません。
合いそうなものだけ、
選択肢として手元に残しておけば十分です。
ひとりで抱えすぎなくていい、ということ

片手生活を振り返って、
もうひとつ大事だったと思うのは、
ひとりで何とかしようとしすぎないことでした。
当時は、
できるだけ自分でやろうとしていました。
頼るほどでもない、
我慢すればできる、
そう思っていたことも多かったと思います。
でも、
切るのがつらい日。
洗い物が終わらない日。
そんなときに、
少し手を貸してもらえるだけで、
気持ちはずいぶん軽くなりました。
手伝ってもらうことは、
甘えではなくて、
状況に合わせた選択だったのだと思います。
「ありがとう」と言って頼る。
それだけで、
自分を責めずに済む場面が増えました。
最近、
骨折中の困りごとを書いた記事が、
多く読まれていることを知りました。
それはきっと、
同じように困っている人が、
今もたくさんいるということ。
私自身が困ったからこそ、
これは特別な話ではなく、
誰にでも起こりうることだと感じています。
ここまで挙げてきた道具も、
誰かに頼ることも、
ひとりで抱え込まないための選択肢のひとつです。
できるところまででいい。
できないところは、
無理に埋めなくていい。
その感覚を、
そっと持ってもらえたら十分です。
周囲に頼ることについては、
当時の気持ちや迷いも含めて、
もう少し丁寧に書いた記事があります。同じところで立ち止まっている人がいたら、
無理のないタイミングで読んでもらえたらと思います。
まとめ|判断を減らすための、ひとつの材料として
骨折直後は、
生活を立て直すことよりも、
これ以上、消耗しないことのほうが大切でした。
ちゃんとやろうとしすぎない。
全部を元に戻そうとしない。
その日の自分が、
少しでもラクでいられるかどうか。
まずは、そこだけを考えてよかったのだと思います。
この記事で挙げたものの中には、
当時は実際に使っていなかったものもあります。
それでも、
あの不便さを経験した今だからこそ、
「こういう選択肢があってもよかったかも」
と思えたものたちです。
合いそうなら、参考にする。
合わなければ、見送る。
今は必要なくても、
知っているだけで安心できることもあります。
無理に決めなくていい。
無理に整えなくていい。
今日を終えられたなら、
それで十分です。
この記事が、
判断を少し減らすための材料として、
そして、
「ひとりじゃない」と思えるきっかけのひとつとして
そっと役に立てばうれしいです。
ここに挙げた記事は、
どれも「答え」を出すためのものではありません。
必要なときに、思い出せる場所として
置いておきます。


