骨折中の買い物どうしてた?|右手骨折で運転できなかった夏の歩き買い物の話

右手を骨折した女性が真夏の道路を歩く後ろ姿 骨折と暮らしの工夫
止まらなかった、あの夏。
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骨折中の買い物、一番困ったのは「手」じゃなかった

骨折中の買い物、一番困ったのは「手」じゃなかった
右手を骨折したとき。

困ることは山ほどありました。
食事、洗濯、着替え、髪を結ぶこと。

コップを持つことも、
袋を開けることも、
思っていたよりずっと難しい。

「片手になる」って、こんなに不便なんだと、
毎日の小さな動作で思い知らされました。

でも、あとから振り返ると、
一番困ったのは「片手」そのものではなかったんです。

それは——
移動でした。

私は車が前提の地域に住んでいます。
バスは一時間に一本あるかないか。
駅も遠い。
スーパーも歩けば行ける距離ではあるけれど、普段はまず車。

重い荷物も、まとめ買いも、
「車に積めば大丈夫」という前提で暮らしてきました。

そんな生活の中で、医師から言われました。

「しばらく運転はやめてくださいね」

え?
運転もダメ?

右手はギブスで固定。
でも左手は動くし、ハンドルも持てるし、
「気をつければ大丈夫じゃない?」と思っていました。

実際、ハンドルは持てる。
ブレーキも踏める。
ゆっくり走れば問題ないような気もする。

でも、止められました。

「とっさの判断が遅れるかもしれないから」

その一言で、私は黙りました。

右手骨折で運転できず駐車場に立つ女性
“当たり前”が外れた日。

ここから、私の“歩く買い物生活”が始まったんです。

でも実は——
その前の夜から、もう始まっていました。

冷蔵庫を開けて、
残りの豆乳を振ってみる。

野菜室をのぞいて、
トマトがしわしわになりかけているのを見る。

「明日、どうしよう」

主人に頼めば、買ってきてくれます。

でも、その場合はきっちり書かないといけない。

トマトは何個。
キャベツは半玉か一玉か。
豆乳はこのメーカー。
特売だったらこっち、なければあっち。

細かく書くことに、なぜか少し疲れてしまう。

それなら、自分で行ったほうが早い気もする。

トイレットペーパーや洗剤は頼める。
お米はネットで頼めばいい。

重いものは、もうネットに任せた。

でも、野菜や食品は自分で見たい。

触って、値段を見て、
今日はこれにしようって決めたい。

骨折中の買い物は、
「行くかどうか」を決めるところから始まっていました。

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前夜、冷蔵庫の前で立ち止まる

買い物は、前の夜から始まる。

実は、買い物は突然困るわけではありません。

前の日の夜から、始まります。

冷蔵庫を開けて、
野菜室をのぞいて、
豆乳の残りを振ってみる。

「明日、どうしよう」

主人にお願いすれば、買ってきてくれます。

でも、その場合はきっちり書かないといけない。

トマトは何個。
キャベツは半玉か一玉か。
このメーカーの豆乳。
特売だったらこっち、なければあっち。

細かく書かないと、迷わせてしまう。

それなら、自分で行ったほうが早い気もする。

トイレットペーパーや洗剤は頼める。
お米はネットで頼めばいい。

重すぎるものは、もうネットに任せました。

でも、野菜や食品は自分で見たい。

触って、見て、値段を見て、
今日はこれにしようって決めたい。

冷蔵庫の前で、
私は小さくため息をつきました。

骨折中の買い物は、
「行くかどうか」を決めるところから、もう始まっているんです。

食事については、以前まとめたこちらの記事でも触れています。
👉骨折中の食事がつらいあなたへ|片手でできる工夫・サポートまとめ

骨折中、運転はできるの?

車社会の道に立つ右手骨折中の女性
運転できない、という現実。

医師から言われたこと

「片手運転は危ないです」

その理由は、単純な“ハンドル操作”の問題だけではありませんでした。

とっさの判断。
急ブレーキ。
ハンドルを切り直す動作。

骨折中は、無意識に体がかばいます。

痛みが走る瞬間、
ほんの一瞬、反応が遅れることがある。

その“ほんの一瞬”が、
運転では大きな差になる。

自分では大丈夫だと思っても、
医師は“最悪のケース”を想定します。

「今はやめておきましょう」

そう言われたとき、
反論できませんでした。

だから、止められました。

正直、ショックでした。

だって、生活の足なんです。

車が。

ハンドルを握ることが、
私にとっては“普通の生活”そのものだったから。

その前提が、急に外された気がしました。

車社会の現実

都会なら、電車がありますよね。
タクシーもすぐ来る。

でも、私の地域は“ほどよい田舎”。

歩いて行ける距離にコンビニはあるけれど、
毎日の食材を買うスーパーは少し遠い。

坂道もある。
歩道も広くはない。

普段は何も思わず車で通っていた道が、
急に“長い距離”に変わりました。

重い荷物を持って、炎天下を歩く。

想像しただけで、気が重くなりました。

もし今、
「骨折中 運転 できる?」
「右手 骨折 買い物」
と検索している方がいたら、
きっと同じ不安を抱えているのではないでしょうか。

運転できるかどうかは、
骨折部位や固定の状態、医師の判断によります。
安全を優先して止められることもあります。

大丈夫と言われるケースもあるかもしれません。

でも、私は止められました。

そして——

歩くことになりました。

それは、
「片手生活」の始まりというより、

「車なし生活」の始まりでした。

リハビリ帰り、真夏の買い物

天気で、決める日。

天気で決める日

それは夏でした。

買い物に行くかどうかは、
天気で決めていました。

雨の日は、あきらめる。
病院の日だけにする。

濡れた路面は滑りやすいし、
片手で傘はきつい。

だから、雨は“お休み”。

でも、晴れの日は迷います。

暑くても、
「今日ならいけるかも」と思ってしまう。

天気予報を何度も見て、
気温を確認して、
風の強さまでチェックする。

それでも、
外に出てみないとわからない。

実際、真夏の昼間、
歩いている人はほとんどいませんでした。

車ばかりが通り過ぎる。

その中を、私は歩いていました。

リハビリ帰りの体と決意

梅雨が明けたばかりの、
空の色がやけに濃い日。

強い日差し。
アスファルトの照り返し。
リハビリで体力を使った帰り道。

病院を出た瞬間、
もわっとした熱気が体を包みました。

腕は固定されているのに、
体全体がじんわり疲れている。

そのまま、スーパーへ向かいました。

正直に言うと、
体はもう帰りたがっていました。

ベンチに座って、
少し休んで、
今日はやめようかな、とも思いました。

でも、冷蔵庫は空っぽ。

朝、のぞいた野菜室の景色を思い出します。

豆乳はあと少し。
トマトはしわしわ。
卵も、残りわずか。

行くしかない。

そうやって、自分に言い聞かせました。

視線と、揺れる気持ち

ギブスを隠そうとする骨折中の女性
見られている気がする日。

ギブスは白くて目立ちました。

夏の服は薄いから、
余計に存在感が出ます。

だから、ぶかぶかの上着を羽織って隠しました。

暑いけれど、
視線のほうが気になったから。

「見られてるかも」

そんな気持ちが、なぜか強くなります。

誰も気にしていないかもしれないのに。

でも、信号待ちのとき。
コンビニの前を通るとき。
ほんの一瞬の視線が、気になる。

骨折すると、
ちょっとした視線に敏感になります。

かわいそう、って思われている気がして。

「大変ですね」と声をかけられたら、
きっと泣きそうになる気もして。

助けてもらいたいのに、
見られたくない。

矛盾していますよね。

それでも歩きます。

それでも歩く

スーパーへ向かって歩く右手骨折中の女性
それでも、一歩ずつ。

炎天下の中、
私はゆっくり歩きました。

いつもなら10分の道が、
ずっと長く感じる。

早く歩けない。

腕が揺れないように、
無意識に体のバランスをとる。

ギブスが重い。

固定されているだけなのに、
まるで腕一本分、
余計に重さが増えたみたいでした。

体がだるい。

リハビリで動かした筋肉が、
じんわり熱を持っている。

それでも、止まりませんでした。

途中で引き返すこともできたけれど、
今日はやめよう、とも言えたけれど。

「歩ける」という事実を、
手放したくなかったんだと思います。

真夏の昼間、
歩いている人はほとんどいませんでした。

車は何台も通り過ぎる。

冷房のきいた車内と、
汗ばむ自分。

少しだけ、取り残された気持ちになります。

それでも、
一歩ずつ。

スーパーの看板が見えたとき、
小さく息を吐きました。

着いた。

それだけで、
ちょっとだけ誇らしかったんです。

片手での買い物の工夫

歩くと決めたら、
工夫するしかありません。

できないことを数えるより、
どうやったらできるかを考える。

それが、片手生活の基本でした。

カートを左手で押す右手骨折中の女性
やり方を、変える。

リュックを使う

まず変えたのは、バッグ。

肩掛けバッグは不安定。
トートもきつい。

片方の肩だけに重さがかかると、
体のバランスが崩れます。

ギブス側をかばうせいで、
無意識に体が傾いてしまう。

リュックにしました。

両肩で支えられるだけで、
こんなに安心するんだと知りました。

背中に重さが分散されると、
歩くスピードも少し安定します。

実は、一瞬、
「買い物専用のリュックを買おうかな」とも思いました。

でも、やめました。

骨折は、ずっと続くものじゃない。

4か月くらいのこと。

“今だけの生活”のために、
大きく買い足すのは違う気がしたんです。

だから、家にあったリュックで対応しました。

工夫はするけれど、
やりすぎない。

これも、バランスでした。

重いものは減らす

お米。
ペットボトル。
まとめ買い。

やめました。

前は「どうせ車だし」と
2リットルを何本も買っていました。

でも、片手で持てない。

持てても、危ない。

少しずつ、こまめに。

お米はネットにしました。
玄関まで届くありがたさ。

トイレットペーパーや洗剤も、
頼めるときは頼みました。

ネットスーパーも検討しました。

実際、重いものはネットで頼む日もありました。

でも、全部をネットにしなかったのは、
やっぱり野菜や豆乳は自分で見たかったから。

牛乳はお腹が痛くなるから、私は豆乳派。

いつものメーカー。
いつもの味。

そこだけは、自分で選びたかった。

無理しないこと。

でも、全部をやめないこと。

このバランスが、意外と難しい。

「できないから全部頼る」ではなく、
「できるところは自分でやる」。

それが、私なりの線引きでした。

カートとリュックの合わせ技

スーパーに着いてからも、工夫は続きます。

カゴは片手だと不安定。

だから、最初からカートにしました。

リュックを背負ったまま、
カートを押す。

最初は少しぎこちない。

でも、慣れると安定します。

ギブス側は添えるだけ。

無理に使わない。

「使えない腕を使おうとしない」

それも、大事な工夫でした。

袋詰めはゆっくり

片手で袋詰めをする骨折中の女性
時間がかかってもいい。

片手で袋詰め。

時間がかかります。

野菜を持ち上げる。
袋を広げる。
入れる。

その一つひとつが、両手のときの倍の時間。

後ろに人が並ぶと、焦ります。

視線を感じると、
余計に手元がぎこちなくなる。

でも、焦っても早くはなりません。

だから、深呼吸。

袋を広げる前に、一度止まる。

「すみません、ちょっと時間かかります」

心の中でそう言いながら、
ゆっくり詰めました。

誰かに言ったわけじゃないけれど、
自分に許可を出すような気持ちで。

時間がかかってもいい。

今日は、片手なんだから。

支払いも工夫

小銭は難しい。

財布を開ける。
小銭をつまむ。
落とさないようにする。

それだけで、汗が出ます。

だから、電子マネーを使いました。

スマホをかざすだけ。

片手生活になると、
「キャッシュレスって助かるんだ」と実感します。

今まで当たり前だった支払いが、
実は両手前提だったことに気づきました。

もし今、
片手での生活に困っている方がいたら、
以前まとめた便利グッズの記事も参考になるかもしれません。

👉【骨折経験から学ぶ】利き手の右手が使えない時の便利グッズ8選

買い物だけでなく、
家の中でも助けられたものがあります。

洗濯の工夫については、こちらにまとめています。

👉骨折中の洗濯どうしてる?右手が使えない日のリアルな工夫と“干さない”選択

家の中も大変。
外も大変。

でも、やり方は変えられる。

全部を変えなくていい。

少しだけ変えれば、
生活はちゃんと続きます。

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それでも、歩いてよかった

玄関で一息つく右手骨折中の女性
止まらなかった生活。

暑かった。

本当に、暑かった。

リハビリ帰りの体には、こたえました。

腕だけでなく、
体全体が重く感じる日でした。

でも。

あの夏、
私は止まっていなかった。

車に乗れない。
両手が使えない。
思うように動けない。

そんな中でも、
歩いていた。

「無理しない」と
「何もしない」は違う。

この違いを、あの夏に知りました。

無理をして倒れることは、意味がない。

でも、
怖いから全部やめる、も違う。

全部をがんばる必要はないけれど、
全部を諦める必要もない。

骨折すると、
できないことが増えます。

両手でできていたことが、
半分になる。

今まで当たり前だった生活が、
一気に不安定になる。

でも、できることも、まだ残っている。

歩ける。
選べる。
決められる。

それに気づけたのが、
あの歩き買い物でした。

スーパーの入り口に立ったとき、
私は“片手の人”ではなく、
ただの“買い物に来た人”でした。

それが、少しうれしかった。

骨折は、
できないことを突きつけてきます。

でも同時に、
できることも、静かに残してくれる。

車がなくても、生活は続いた。

不便だったけれど、
止まらなかった。

あの夏は、
私に「前提」を見直させました。

車があること。
両手が使えること。
思い通りに動けること。

それは“当たり前”ではなかった。

もし今、
骨折中で外出が不安な方がいたら。

どうか、
「全部やらなきゃ」と思わなくて大丈夫です。

全部できなくていい。

重いものは頼る。
ネットを使う。
家族に頼る。

それは、弱さではありません。

生活を続けるための選択です。

それでも、
自分で一歩歩けたら。

暑い日でも、
短い距離でも。

それは、ちゃんと前に進んでいます。

誰にもわからなくても、
あなたにはわかる。

止まっていない、ということ。

骨折は、
生活を止める出来事ではありません。

生活の形を、少し変える出来事です。

歩いた距離は短くても、
あの夏は、私にとって長い一歩でした。

そして今も、
あのときの感覚が、
小さな自信として残っています。

一人暮らしの場合の工夫については、こちらにも書いています。
👉利き手を骨折して一人暮らしがつらい時の食事

まとめ|骨折中の買い物は“手”より“移動”が壁

窓辺で静かに座る右手骨折中の女性
歩幅は小さくていい。

骨折中の買い物。

一番の壁は、片手そのものよりも——
移動手段でした。

運転できない。
炎天下を歩く。
体力が落ちている。

それは、思っていたより大きな壁でした。

でも、
壁は乗り越えるしかないものではありません。

回り道をしてもいいし、
小さくしてもいい。

それでも、
やり方は変えられます。

少しずつ。
ゆっくり。

重いものは任せる。
必要なものだけ選ぶ。
天気を見て決める。

生活のスピードを、少し落とす。

止まらなかった生活。

派手なことは何もしていないけれど、
ちゃんと、続いていました。

骨折は、
生活を止める出来事ではありません。

形を変える出来事です。

前提が揺らぐ。
当たり前が崩れる。

でも、その中で
「本当に必要なこと」だけが残る。

車がなくても、
歩いて買い物ができた夏。

あの経験は、
私の中で小さな自信になりました。

もし今、
「骨折中 買い物」と検索してここに来てくださったなら。

きっと、
少し不安で、
少し疲れていて、
どうしたらいいか探しているのだと思います。

大丈夫です。

あなたも、
ちゃんと、やっていけます。

全部できなくていい。

昨日より少し楽な方法を選べれば、それで十分。

無理せず。
でも、止まらず。

歩幅は小さくていい。

それでいいんです。

そしていつか、
「あのとき、ちゃんと歩いていたな」と
思い出せる日が来ます。

骨折中の買い物は、
不便なだけの出来事ではありません。

生活の形を見直す、
静かなきっかけでもありました。

あの夏の暑さと一緒に、
そのことを、私は今も覚えています。

骨折中の家事や食事については、シリーズ記事でもまとめています。

👉骨折中の食事がつらいあなたへ(まとめ記事)

テーブルの向こうのぱせりん
またね。