なんとなく、空気が違う朝だった
玄関の鍵を開けた瞬間、家の中の空気が少し違う気がした。
何かがあったわけじゃない。音も匂いも、いつもと同じはずなのに、どこか静かすぎる。
「ただいま」
そう声をかけても、返事は少し遅れて返ってきた。
しおりの声は、いつもより小さく、少しだけ遠い。
きっと、今日も無理をしている。
そう思ったけれど、何をどう声にすればいいのか分からず、靴を揃える手だけが動いた。
「手伝いたい」という気持ちが、迷いになるとき
しおりが右手を痛めてから、家の中の空気は少しずつ変わった。
大きく変わったわけじゃない。
でも、何かがずっと引っかかっている。
以前なら、自然にできていたこと。
声をかけること、手を貸すこと、代わりにやること。
今はその一つひとつに、少し迷いが生まれる。
「今、声をかけたら邪魔かな」
「手伝うって言ったら、気を遣わせるかな」
「自分が出しゃばってるって思われないかな」
そんなことを考えているうちに、タイミングを逃してしまう。
気づけば、ただ“見ているだけ”になっている自分がいた。

「何もしない」ことが、いちばん難しい
しおりは、何も言わない。
でも、その背中を見ていると、少し無理をしているのが分かる。
片手でやろうとしていること。
少し時間がかかっていること。
それでも「大丈夫」と言って、続けようとする姿。
手を出せばいいのに、なぜか動けない。
手伝えば楽になるのは分かっている。
でも、こちらが動いた瞬間に、
「できない自分」を突きつけてしまう気がして、ためらってしまう。
助けたい気持ちと、傷つけたくない気持ちが、同時に胸の中にある。
どちらを選んでも、間違える気がして、立ち尽くしてしまう。
そんなふうに、何もできない自分に戸惑いながら立っていたけれど、
そのとき、しおりの中ではまた別の葛藤が生まれていた。
「できない自分」をどう受け止めたらいいのか。
体が思うように動かない現実を、どうやって受け入れたらいいのか。
そのときのしおりの心の動きは、
こちらの記事に少しだけ詳しく書いている。
▶︎ 利き手を骨折して何もできないと感じた日|心が追いつかなかった理由
同じ時間を過ごしていても、
それぞれがまったく違う場所で悩んでいたことが、
あとから少しだけ見えてくる。
「何もしない」ことを選んでしまう理由
声をかけるのは簡単だ。
「大丈夫?」
「手伝おうか?」
それだけの言葉なのに、どうしても喉につかえる。
それは、しおりが“頑張っている”ことを知っているからだと思う。
無理をしていることも、気づいている。
だからこそ、余計な一言で、その頑張りを否定したくなかった。
自分が何か言うことで、
「私、ちゃんとできてないんだ」と思わせてしまう気がした。
だから、あえて言わない。
声をかけない。
代わりに、できることを静かにやる。
それが、今の自分なりの距離感だった。
近づけないまま、そばにいるという選択
夕方、キッチンに立つしおりの背中を見ながら、
僕は少し離れたところで洗い物をしていた。
話しかけるでもなく、手伝いすぎるでもなく、
ただ同じ空間にいる。
それだけで、何か意味がある気がしていた。
もしかしたら、それは自己満足かもしれない。
でも、何もしないよりはいいと思いたかった。
彼女が一人で抱え込まないように。
少なくとも、「一人じゃない」と伝わる距離にいようと。
“支える”って、こんなに曖昧なんだ
支えるって、もっと分かりやすい行為だと思っていた。
手を引くとか、助けるとか、代わりにやるとか。
でも実際は、
何もしないほうがいい瞬間もある。
何も言わないことが、正解になる場面もある。
それが分かるまで、時間がかかった。
「何もしていない自分」に、罪悪感を抱きながら、
それでもそばにいるという選択をする。
それが今の、自分にできる精一杯だった。
言葉にしなくても、伝わることがある
夜、部屋の灯りが少し落ち着いた頃。
しおりがソファに腰を下ろした。
その横に、少し距離を空けて座る。
何も言わない。
ただ、同じ空間にいる。
しばらくして、彼女が小さく息を吐いた。
それだけで、少しだけ空気が緩んだ気がした。
言葉はいらなかった。
何かを解決しなくてもよかった。
ただ、そばにいること。
それだけで伝わるものが、きっとある。
あのとき、しおりが感じていた「何もできない」という気持ちは、
決して弱さではなく、必死に向き合っていた証だった。
もし、あの時間をしおりの視点からもう一度辿ってみたくなったら、
こちらの記事も読んでみてほしい。
▶︎ 利き手を骨折して何もできないと感じた日|心が追いつかなかった話
同じ出来事でも、見る角度が変わると、
感じ方も、意味も、少しずつ変わっていく。
「何もできない」と思う日も、支えている

振り返ってみると、
この日、特別なことは何もしていない。
手伝ったわけでも、励ましたわけでもない。
でも、何もできなかったわけじゃない。
「何もしなかった」ようで、
「一緒にいた」という事実は、ちゃんと残っている。
それは、目に見えにくいけれど、確かな支えだったと思う。
できることが少ない日もある。
どうしていいかわからない日もある。
それでも、そばにいる。
それだけで、きっと意味がある。
そう信じていたい。


