「何もできなかった夜」|子育て中、手が動かない日に感じたこと

夕方、疲れた表情で座る母親と、そっと寄り添う夫。 料理ができなかった夜、静かな安心に包まれるひととき。 骨折と暮らしの工夫
今日は、できなかったことよりも、ちゃんとここまで来たことを大事にしたい夜。
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――しおりの隣で考えていた、ゆうたの話。

仕事を終えて家に帰ると、
部屋の空気が、少しだけ重たく感じられた。

玄関を開けると、
テレビの音が小さく流れていて、
キッチンの灯りだけがぽつんとついている。

しおりはソファに座っていた。
背中を少し丸めて、静かに子どもをあやしている。

「おかえり」

その声は、
いつもより少しだけ、小さかった。

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何かあったことは、すぐに分かった

ぱっと見ただけで、
今日はきっと、しんどい日だったんだろうな、と分かった。

散らかっているわけじゃない。
泣いているわけでもない。
でも、空気が違った。

言葉にしなくても伝わる疲れ方がある。
それが、しおりから伝わってきた。

「今日はどうだった?」

そう聞きかけて、
一瞬、言葉を選んでしまう。

何が正解なのか分からない。
心配しすぎても負担になるし、
何も聞かないのも冷たい気がする。

結局、
「……大丈夫?」
という、いちばん無難な言葉しか出てこなかった。

その夜、
しおりがどんな一日を過ごしていたのか、
僕はまだ全部を知っているわけじゃない。

でもあとから聞いた。
あの日、彼女がどんな気持ちで台所に立っていたのかを。

——その話は、ここに残している。
▶︎ 利き手を骨折して料理ができない日の、しおりの記録

何もしていないようで、何もできなかった夜

しおりは少し笑って、
「うん、大丈夫」と言った。

その返事に、少しだけ胸が苦しくなる。

大丈夫、という言葉の裏に、
どれだけの「がんばった」が詰まっているか、
最近はなんとなく分かるようになってきたから。

夕方のリビングで、疲れた様子の母親がソファに座り、少し離れた場所から夫が静かに見守っている。言葉は交わさず、同じ空間でそっと寄り添う二人の姿。
何も言わなくても、そばにいるだけで伝わることがある。
その夜、しおりはひとりじゃなかった。

右手をかばいながら、
子どもを見て、
火を使うタイミングを気にして、
一日を回していたはずだ。

それなのに、
自分は仕事で家を空けていただけ。

帰ってきて、
「何か手伝おうか?」と聞くことはできても、
本当の意味で代われるわけじゃない。

そのもどかしさが、
胸の奥に残る。

何もできない夜の「できること」

子どもが寝たあと、
しおりはソファに深く座り込んだ。

テレビもつけず、
ただ静かに、今日を終わらせるような表情だった。

その横に座っても、
何を言えばいいか分からない。

励ます言葉も、
正解の言葉も、
今は違う気がした。

だから、
ただ隣に座った。

何も言わず、
同じ空気を吸って、
同じ時間を過ごす。

それだけだったけれど、
しばらくして、しおりが小さく息をついた。

「…今日は、ちょっと疲れた」

その一言に、
「ああ、言ってくれた」と思った。

何かを解決したわけじゃない。
何もしてあげられていないかもしれない。

でも、
“一人じゃなかった”と思ってもらえたなら、
それでよかったのかもしれない。

その夜、しおりは初めて「何もしなかった自分」を責めなかった。

「何もしない」も、支えのひとつ

横顔のゆうたが静かに室内を見つめ、その奥でソファに座るしおりが小さく映る。何も言わず、そっと見守る夜のひととき。
言葉にしなくても、
そばにいるだけで伝わることがある。
何もできない夜も、
そっと見守ることは、立派な“支え”だった。

この日の夜、
ゆうたは気づいた。

支えるって、
何かをしてあげることだけじゃない。

答えを出さなくても、
黙って隣にいることが、
誰かの呼吸を楽にすることもある。

しおりが少しだけ肩の力を抜いたとき、
それが、今日一番の「できたこと」だった。

その夜、しおりは少しだけ肩の力を抜いて、
「今日も、ちゃんと一日を終えられた」と思えた。

夕暮れの部屋で、やさしい表情のぱせりんが小さく手を振っている。
 テーブル越しに見えるその姿は、そっと「おつかれさま」と伝えるようで、あたたかな灯りに包まれている。
今日も読んでくれて、ありがとう。
また、ここで会えますように。