浜松の鳥羽山城跡-徳川家康と武田氏の攻防の地ー紅葉との景観

浜松の鳥羽山城跡の紅葉 史跡
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鳥羽山城とは

浜松市北区にある鳥羽山城跡は、歴史と自然が融合した美しいスポットです。戦国時代、徳川家康と武田氏の攻防の舞台となったこの城は、現在は公園として整備され、四季折々の風景を楽しむことができます。特に秋の紅葉シーズンには、歴史を感じながら美しい景観を堪能できる場所として、多くの人が訪れます。

鳥羽山城跡の歴史的背景

徳川家康と武田氏の攻防

鳥羽山城は、徳川家康が武田氏との戦いの中で、二俣城を攻略するために築いた重要な拠点です。特に長篠の戦い(1575年)の後、家康は武田勝頼の勢力を削ぐため、二俣城を奪還する作戦を立てました。その際、鳥羽山城を本陣とし、周辺の城砦と連携しながら二俣城を包囲。最終的に、二俣城を開城へと導くことに成功しました。

堀尾氏による改修

家康が関東に移封された後、この地は堀尾氏の領地となり、鳥羽山城は大幅に改修されました。この時期に、現在も残る石垣を備えた城郭へと生まれ変わりました。鳥羽山城は軍事的な役割を果たした二俣城とは異なり、迎賓や領主の生活の場としての機能を持つ城へと変化していきました。

二俣城との関係

鳥羽山城と二俣城は「別城一郭」と呼ばれる特徴的な構造を持ち、二つの城が相互に補完し合いながら、地域の防御機能を強化していました。この戦略的な配置により、二俣城は戦の要所として機能し、鳥羽山城はその支援拠点として重要な役割を担いました。

鳥羽山城跡にあった看板

また、二俣城といえば、家康の長男・松平信康が若くして父に切腹を命じられた悲劇の地としても知られています。信康は有能でありながら、武田氏との関係が疑われ、家康の命によって二俣城で自刃しました。この事件は徳川家の歴史の中でも特に哀愁を感じさせる出来事の一つであり、2023年に放映された大河ドラマ『どうする家康』でも改めて注目を集めました。訪れると、その歴史的背景を思い浮かべながら、しみじみとした気持ちになることでしょう。

鳥羽山城跡公園の魅力

歴史的遺構と自然の融合

鳥羽山城跡公園は、歴史的な遺構と自然が調和した美しい場所です。特に秋の紅葉シーズンには、城跡の石垣と色鮮やかな紅葉が絶妙なコントラストを作り出し、写真映えする景観が広がります。

展望スポット

城跡からの眺望は圧巻で、天竜川や浜松市の美しい景色を一望できます。特に晴れた日には遠くまで見渡せ、雄大な景色に心が洗われるような気持ちになります。この素晴らしい眺望もあり、鳥羽山城跡は「浜松市環境資源100選」に選ばれています。

鳥羽山公園「浜松市環境資源100選」に選ばれている。
「浜松市環境資源100選」に選ばれている。

公園としての整備

現在、鳥羽山城跡は公園として整備されており、散策路や休憩スペースが充実しています。家族連れでも訪れやすく、長い滑り台などの遊具もあるため、子供たちも楽しめる場所になっています。また、駐車場やトイレも完備されているので、安心して訪れることができます。

実際に行ってみた!

2024年12月に、鳥羽山城跡を訪れました。ちょうど紅葉していて思わずきれいな風景を見ることができました。

鳥羽山城跡にある展望台。
鳥羽山城跡にある展望台。

見どころポイント

  • 石垣と紅葉のコントラスト:写真を撮るならここ!
  • 展望台からの景色:天竜川と浜松市内が一望できる最高のロケーション。
  • 歴史を感じる散策路:堀や城跡を歩きながら、当時の様子を想像できる。
  • 遊具のある広場:子供連れでも楽しめる。

実際に歩いてみると、戦国時代の雰囲気を感じられる城跡でありながら、紅葉や自然を存分に楽しめる素晴らしい場所でした。

紅葉の中、ゆっくりできるスペースがあります。

アクセスと施設情報

  • 所在地:静岡県浜松市天竜区二俣町二俣2364
  • 駐車場:無料駐車場あり(30台程度)
  • トイレ:公園内にあり
  • 入場料:無料

最寄り駅:天竜浜名湖鉄道「天竜二俣駅」から車で約10分

鳥羽山公園(鳥羽山城跡)への地図

鳥羽山公園への地図

まとめ

鳥羽山城跡は、歴史好きにも、自然を楽しみたい人にもおすすめのスポットです。特に紅葉シーズンには、美しい景観とともに、戦国時代の歴史に思いを馳せることができます。二俣城と合わせて訪れると、より一層深みのある観光が楽しめるでしょう。

訪れる際は、展望スポットや紅葉の見どころを事前にチェックして、カメラを持って散策するのがおすすめです!

春はお花見も楽しめるようです。季節を問わず楽しむことができますね。

ぜひ、歴史と自然を満喫しに鳥羽山城跡へ足を運んでみてください。

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